ドラゴン #6608 ティーガーI 極初期型「チュニジア」第501重戦車大隊/第7装甲連隊

2015年はライフィールドやドラゴンから多数のティーガーIが発売された年でした。
特にアフリカのティーガーと銘打った商品として、ライフィールドのRM5001、ドラゴンの#6820「131号車」、この#6608が発売となり、「いったいどこが違うんだ」と思われた方も多いのでは無いでしょうか。

結論から書くと、

・RM5001と#6608
ほぼ同じ仕様。共に生産番号11号車(製造番号250011)から33号車(250033)の極初期生産型を501重戦車大隊で部隊改修したタイプを再現。
・#6820
生産番号がもっと下った、標準的な初期型(504重戦車大隊の部隊改修車としても製作可能)を再現。

ということになります。
ティーガーはドイツ初の50トン越え重戦車だったため、手探りの部分が多く、特に501大隊、502大隊、503大隊は、それぞれ部隊で改修を行ったため大隊固有の特徴を持っています。特徴が安定してくるのは504重戦車大隊以降です。
アフリカには第501重戦車大隊と第504重戦車大隊が派遣されました。
このうち、結成時期が早かった501大隊は極初期型ティーガーを、やや遅れて結成された504重戦車大隊は初期型ティーガーを装備していました。模型にした場合、ユニークな特徴を持つ501重戦車大隊所属車を「アフリカのティーガー」と銘打つ場合が多いようです。

RM5001と#6608をざっくり比較すると以下のような特徴があります。

・RM5001
組み立てやすいように可能な限りパーツを一体化、カステンと同じ方式の連結可動履帯入り。OVMクランプ(オプション)も含めてエッチングパーツは本格的なものが付属する。
・#6608
第501重戦車大隊と第7戦車連隊のティーガーの個体特徴に肉薄した最先端の考証がぎっしり詰まった力作。その分パーツ数は多く、組み立てに時間が掛かる。履帯はベルト式。エッチングパーツは必要最小限のもの。
もっとざっくりと言うと、
「細かい考証とかよく分からない。とにかくアフリカのティーガーをサクッと組みたい」->RM5001。連結可動履帯も入っていてお買い得。
「ティーガーには徹底的にこだわっている。部品形状や個体特徴の考証がRM5001では物足りない」->#6608
と言う事になるでしょう。#6608は値段が一番高く、連結可動履帯を買うとちょっと目眩がしてくるのが難点ですが、現在手に入る最高品質のティーガーと言えるでしょう。
なお、タミヤもアフリカティーガーを出していますが、このキットの発売当時、第501重戦車大隊の所属車は謎に包まれていました。タミヤとしては全力でリサーチをしたのでしょうが、現在の目から見ると考証的には古くなった部分が目に付きます。プラモデルとしては一番組みやすく、入門者からベテランまで楽しめるキットとしての価値は何ら損なわれていませんが、正確性という点でRM5001や#6608と比べるべきではありません。

以下、#6608の製品特徴を見ていくことにしましょう。

#6608のベースとなっているのは、ドラゴンが「白箱第一号」として世に問うた#6286です。
#6286はドラゴンが当時の最先端の考証と金型技術の全てをつぎ込んで製作した、#6252(第502大隊仕様の極初期型)にアフリカ仕様のパーツを追加したものでした。
また、日本人設計チームの徹底した実測主義に基づいて製作されており、それまでの「寸法よりイメージが大切」という業界の空気に一石を投じました。実車を徹底計測しており、それまで決定版の図面(砲塔の左右非対称に初めて言及)と言われていたジェンツ氏の図面をも凌ぐ再現性はマニアを驚かせました。
整形済みの金属プレス加工バケツ、金属製のシャックル、挽き物製のスモークディスチャージャーなど豪華なおまけも満載でした。
しかし、白箱自体どれくらいの需要が見込めるのかまったく分からない時期に発売されたため流通数が少なく、かつ「一回しか生産しない」という白箱の性質上、入手難になり、オークションでは数万円で取引されたこともあります。

しかし、その後、金型技術は大きく進歩しました。特にシャーシパーツに関しては#6286(#6252)は当時の金型技術の限界から、事後変形してしまった個体が多く、ドラゴンとしてもプライドに掛けて作り直したい気持ちが強かったようです。このため、#6252のリニューアル版である#6600を製作する際に、車体パーツを新規に作り直しました。今回の#6608はこの新しい方のシャーシが入っています。また、砲塔に関しても、#6286開発時には分からなかった事実が判明したため、#6730(ヴィットマンティーガー)を製作する際に極初期/初期型砲塔を新規パーツとし、#6608ではこちらのパーツが入っています。その他、新たに判明した事実を盛り込んでおり、考証とパーツ精度は大きく進歩しています。転輪なども後から発売されたティーガーに含まれている、より解像度の高いパーツに差し替わっており、#6286発売当時はプラでは成型が難しく、エッチングになっていた前部マッドカードなどのパーツはインジェクションパーツが新規にセットされました。大雑把に言うと、#6286から半分以上パーツが差し変わった印象です。

一方「白箱とまったく同じ仕様は流石にマズいだろ」と言うことで、#6286では組めた141号車用のパーツがオミットされ、代わりに724号車が組めるようになりました。コストの高騰から挽き物パーツや金属製シャックルなどはオミットされ、エッチングもエンジングリルなど最小限の構成となっています。
このため、#6286はコレクションとしての価値はいささかも損なわれていません。しかし「実際に組む」モデラーに限って言えば、#6608は考証面でも組みやすさでも#6286以上のキットに仕上がっています。
#6286は履帯がマジックトラックとなっていますが、センターガイドに穴が無いという点ではベルト式の#6608に劣っており、どちらも「ガッツリ力作を作る」のであれば、何らかの連結可動式履帯を別途購入した方が良いでしょう。

ここからは、考証に興味のある方だけご覧ください。

まず、第501重戦車大隊について述べておきます。
第501重戦車大隊はティーガー重戦車大隊としては最初に組織され、1942年8月に最初のティーガーを受領しました。当時、北アフリカでは「砂漠のキツネ」と呼ばれたロンメル将軍が、英軍の北アフリカ本拠であるエジプトのアレクサンドリアに指呼の距離まで迫っていました。しかし、ここで攻勢限界に達したドイツアフリカ軍団は、アフリカ戦線の天王山ともいうべき第二次エル・アラメインの戦いで惨敗。一挙にチュニジアまで撤退することになります。
この危機を救うため、1942年10月、第501重戦車大隊はアフリカへの投入が決定されました。1942年11月時点で、大隊は20両のティーガーを保有。これでは定数の半分にも満たないので、8両のIII号戦車から構成される軽戦車中隊、ティーガー9両とIII号8両の混成部隊である第1中隊、ティーガーのみ9両から構成された第2中隊で、3個中隊の体裁だけは整えた重戦車大隊を構成しました。(この他大隊本部にティーガー2両)

実戦投入はほぼ同時期に編成された第502重戦車大隊に先を越されましたが、その分、502大隊からもたらされた戦訓を取り入れ、工場出荷時には付いていなかった砲塔後部のゲペックカステンや排気管マフラーを取りつけています。これらはおそらく部隊所属の整備部隊で考案したもので、後に標準仕様となるゲペックカステンやマフラーとは形状が異なるものでした。
しかも、第1中隊は「俯角を取って射撃する際に邪魔になる」としてボッシュライトを前面装甲板に移設すると共にSマイン投射器は撤去する、という特別仕様となっていました。第501重戦車大隊の第1中隊は白抜き文字の大きな砲塔番号が特徴となっています。
第2中隊はボッシュライトはそのまま、その代わり前面装甲板に予備履帯を装着して防御力を強化しています。
部隊で受領した生産第11号車から20号車は所謂「ミラー履帯」呼ばれる左右別体の履帯を履いていました。しかし、これは部品供給や修理の面で厄介なので、アフリカ到着時には左側の履帯を右側にも履かせる標準仕様となっているのが見て取れます。
第1中隊の構成(1942年11月) 括弧付きはIII号戦車、太文字は#6608でサポートしている個体
中隊本部 100
第1小隊 111,112,(113),(114)
第2小隊 121,122,(123),(124)
第3小隊 131,132,(133),(134)
第4小隊 141,142,(143),(144)


ティーガーは大変人気のある戦車で、研究者によって個体ごとの特徴にまで踏み込む方も珍しくありません。今回のドラゴンのキットの監修を担当したDavid Byrden氏は筋金入りの研究者で、今回のキット発売にあたり、第1中隊所属の9両の個体中、4個体の特徴を徹底チェック。リアパネルの履帯調節工具ベルトの違い、後部マッドガードの個体ごとの違いなど、これまでのキットでは再現されていなかった個体差を詳細なリサーチで解明しています。市販の写真集では判別できない特徴もありますが、これらの点は説明書でどれをどの個体に使うべきか明快に書かれていますので、お手元に資料が無いという方も心配は無用です。


42年11月、アフリカに上陸した501大隊は、イギリス軍、更に新たに連合国軍に加わったアメリカ軍と激しい戦いを繰り広げます。これが初陣となる米第1機甲師団はルーキーも良いところで、訓練マニュアル通りの陣形でティーガーに挑んだ結果、凄まじい損害を蒙りました。特に1942年12月4日の戦いでは、大隊は他の部隊と共同して182両の連合軍戦車と交戦、ドイツ軍全体で134両を撃破する戦果を上げました。しかも大隊は翌43年1月に至るまで、1台の全損車も出すこと無く戦い続けたのです。これは当時の連合軍火器ではティーガーの装甲を貫通することは非常に困難だったことによります。大隊は連合軍恐怖の的として存分に戦ったのです。
しかし、さしものティーガーも機械的故障や後退に伴う爆砕処置で櫛の歯が欠けるように失われていき、何より指揮官の死傷が多く(大隊長/中隊長とも最前線でキューポラから頭を出して戦ったため)、部隊として行動することが困難になりました。このため、1943年2月26日、第10戦車師団第7装甲連隊の麾下となり、この装甲連隊の第III大隊として改編されました。この際に、旧第1中隊は第7中隊、第2中隊は第8中隊となって砲塔番号も変更されました。キットはこのうち724号車を再現する事が可能です。724号車は3発の砲弾を喰らった痕跡(おそらく貫通はしていない)があり、これを装甲パッチで塞いでいるのが特徴です。キットにはこのパーツも含まれています。


ティーガーが西側連合軍と初めて相まみえ「無敵戦車」として振る舞った最初の戦いを象徴するティーガーを精密再現できる#6608はマニアなら絶対に見逃すことの出来ない製品です。