ドラゴン #6870 九七式中戦車"チハ"初期型

リーマンショック以前とは打って変わって、数年前から、全世界的にスケールモデルが売れなくなり、ドラゴンは開発費用が高くなり易い外部設計者との契約を次々と打ち切りました。これは数々の名キットを世に送り出した高田裕久氏を中心とする日本人設計チームも例外ではありませんでした。この後、ドラゴンは社内設計チームによる「ブラックレーベル」シリーズなどユニークなアイテム選択を前面に押し出して開発を続けましたが、発売された製品の品質やリサーチ精度は見るも無惨なもので、ドラゴンが十数年掛けて築き上げたブランドイメージは短期間で文字通り瓦解しました。

この事態を受け、再び高田チームと再契約した第一作が「四式軽戦車ケヌ」でした。これは高田氏の旧契約時代に既に発売予定ラインナップに上がっていたこと、車体のパーツはハ号からほぼ流用できるため短期間で製品化できることがアイテム選択の理由だったようです。
しかし、ケヌ車はお世辞にも有名とはいえず実戦でも使われていません。旧軍ファンは「これが売れればチハが出るんだ。これはお布施なんだ」とケヌ車を買い求めた方も多かったと伺っています。

高田チームとの再契約から約1年、とうとう待望のチハ車が製品化されました。
チハ車のキットは名作揃いで、当時のタミヤの水準を一気に引き上げ、現在の目で見ても「タミヤってすごい」と思わせるタミヤのキット、そのタミヤを全ての点で凌駕すべく、ファインモールドが三菱図面の忠実な再現を含む徹底リサーチで製品化したキットの二つがあります。
いかに高田チームといえど、この2つのキットを上回るキットを発売できるのか...と気を揉んだ方も多かったのですが、蓋を開ければまさに、目の肥えた旧軍ファンすら唸らせるもの凄いキットになっていました。

私事で恐縮ですが、私が大変尊敬する業界のある先達が「傑作という言葉は使い古されており、安易に何でもかんでも傑作と言われることが多い。でも本来は10年に一つ出るか出ないかのキットに使うべき言葉だ」と書かれたことがあります。私はその言葉に感銘を受け、2003年の開業以来、サイトで「傑作キット」という表現は封印して一度も使った事がありませんでした。しかしここでその封印を解きたいと思います。

これこそまさに「傑作キット」です。


全体の部品構成はこんな感じ。パーツ数は300程度で、ファインモールドのチハとほぼ同じです。ドラゴンは、ファインモールドが部品を分割している部分をスライド金型を投入して一発抜きにしたり、ファインモールドが一体化している部品をより精密再現するためにあえてパーツを分割して表現したりと、比較すると非常に興味深いです。


今回の新基軸「NEOトラック」。早い話が部分連結式接着履帯ですが、


スライド金型を使用した半端ない解像度の履帯です。


上部の垂れ下がった感じを再現するために履帯を曲げる治具が付属しています。


治具に押しつけると言うより、指で少しずつ曲げていき...


ある程度曲げたら治具にあてて加減を見る感じです。いったん曲げても、プラの弾性で元に戻ろうとしますので、少し放置してから再度治具にあてるとぴったり曲げられます。


出来上がるとこんな感じ。治具の前後が解るよう印を付けておくと間違いがありません。


取り付けるとこんな感じ。実感たっぷりです。

キットの誘導輪は実物と同じく前後の位置を調整できる設計になっています。
説明書では誘導輪回りに8枚のコマを使うよう指示していますが、おそらくこれは誘導輪を一番後ろまで下げた状態を想定していると思います。
見本では、誘導輪を中央位置あたりにして、7コマで調整しました。この辺はお好みでどうぞ。

他社の部分連結履帯はあらかじめ垂れ下がりが再現されているのですが、なぜドラゴンがあえて直線にモールドしたか、少し考えてみます。
オフィシャルな声明は無いので、あくまで推測ですが、他社の方式だと斜めにモールドが入り、形状再現が甘くなってしまうこと、それと何より自分で垂れ下がりの程度を決めることができず、誰の作品も同じになってしまうという欠点があります。今回はドラゴンの治具を使いましたが「もっと履帯が張った感じにしたい」という方は自分で垂れ下がりの程度を決めることができるのがNEOトラックの利点です。曲げる一手間はありますが、今回実際にやってみると、これは実に楽しい作業でした。
ヒトコマのパーツも余分に入っていますので、工夫次第で様々な表現のできるかなり自由度の高い部分連結履帯と言えるでしょう。
「今回のNEOトラックが好評なら、(不評の)DSトラック(軟質素材のベルト履帯)を置き換えることも検討したい」とのメーカーアナウンスがありましたので、SNSとかで褒めちぎりましょう(笑)
ドラゴンはネットの声に結構敏感です。ただし、日本語のわかるスタッフは一人だけなので、できればFB/Twitterのドラゴン公式アカウント(英語)あたりにコメ/リツィしましょう。

転輪ももの凄い出来です。チハ車は転輪の接地面に溝がありましたが、これをスライド金型で再現しています。
タイヤの溝は、他の戦車には見られない特徴で、理由には諸説ありますが、走行試験の際、最大速力まで上げるとタイヤのゴムが高温になるとの報告があり、少しでも放熱を促すため、とする研究者もいます。


側面のモールドも半端ないです。溶接痕はもちろん、タイヤメーカーのロゴや転輪の直径を表す数字も綺麗に入っています。リムの周辺部にあるボルトは緩み止めのため、8の字にワイヤが掛けてありますが、これも綺麗に再現されています。


緩み止めのワイヤは前作のカミ車/ハ号のときにもモールドされていましたが、比較すると今回は更にモールドが繊細になっているのが解っていただけるでしょう。トップクラスのモールドであるにも拘わらず、更に貪欲に上を目指す設計陣のモチベーションの高さには驚かされます。


上部転輪は2種類から選択できます。平面形は同じなのですが、ゴムの厚みが違っています。
記録写真でよく見かけるのは向かって右側で、若獅子神社の個体も右側です。
では左のタイプは全然無いのかとそうではなく、wikipedeiaのチハ回収型(ニューギニアで撮影)の写真が左のタイプです。
https://ja.wikipedia.org/…/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%8…
また、吉川氏のチハ車写真集のP.25、P.26、P.51にはこのタイプが写っています。

小さな文字はタイヤの直径とゴムの厚みを現す数字で、これが両者ちゃんと別のモールドになっています。
左のタイプが再現されるのはおそらく初めてだと思われます。


アームの接合部各所には繊細なグリスニップル(グリス注入口キャップ)がモールドされています。勢い余って削り取らないようにしましょう。


チハ車のフェンダー前部には左側だけ穴があります。これは、アンテナ支柱用の穴とする説が有力です。このキットでは、穴を再現するのはもちろん、その下にある6個のリベット(アンテナホルダーの固定用?)も再現されています。このリベットのためにわざわざスライド金型が投入されています。


操縦席の側面には小さな穴があります。ファインモールド製のキットでもこの点は再現されていましたが、このキットはこれが操縦手用のピストルポートである事を明確にし、内側に開閉選択式のシャッターパーツを再現しています。


完成すると殆ど見えなくなりますが、機動輪の最終減速器カバーを留めるキャッスルナット、前面の装甲カバーも精密再現されています。


チハ車は防盾の中で主砲が僅かながら左右に旋回できるようになっていましたが、このキットではこの機構が再現されています。

57mm砲搭載のチハ車を制式化した時点で、日本の工業水準は極めてお粗末で、砲塔旋回ハンドル経由ではぴたりと位置を決めることができませんでした。このため、チハの砲手は砲尾側面のパッドを肩に当てて砲の位置を微調整してから射撃するよう訓練されていました。これはルノーFTを範にとったものです。一式戦車を製造する頃には加工精度が高まり、この機構は廃止されました。


砲尾やキューポラ内の防弾ガラスもきちんと再現されています。右側のハッチの丸い穴にはパノラマ式の潜望鏡を取り付けることが出来ました。これは直接覗くほか、ハッチ裏側のスクリーンに外部の風景を投影することもできるという画期的なものでしたが、造りがかなり繊細で、実戦ではこのように取り外している個体が多かったようです。


完成すると見えなくなりますが、砲塔リングには繊細なマイナスネジモールドがモールドされています。


ルーバーの桟はコの字にモールドされ、溶接用の糊代がきちんと再現されています。裏側にはエッチングでメッシュが再現されています。


見本では使用しませんでしたが、ルーバー上部に取り付ける装甲板のパーツも入っています。
対空装甲板とも思えないので、跨乗歩兵が腰掛ける場所を作るためでしょうか?


ジャッキやOVMの再現度も素晴らしいものです。ジャッキの接地面は2種類のパターンから選択できます。


排気管の側面には無数の孔があるのが解ります。


どのパーツにも隅々まで設計者の岡田氏の執念とも思えるリサーチがつぎ込まれ、興味はつきません。ぜひお手元におひとつどうぞ!
テストショットではありますが、各パーツのディティールについてはこちらをどうぞ。